SIGはなぜ、傷だらけの人形を「かわいい」と言うのか
ANIMA DUALITY SIDE
MAD TEA PARTY IN ABYSS // CONCEPT IN PROGRESS
最近、人の「闇」について考えてたんだよね。
傷とか、執着とか、嫉妬とか。
誰かを許せない気持ちとか、本当は言いたかったNOとか。
普通なら、あまり見せたくないもの。
「醜い感情」と呼ばれるようなもの。
でも、現代アートや音楽では、そういう表現が何度も使われるでしょう?
ひび割れた身体。
縫われた口。
欠けた人形。
赤黒い傷。
焦げたリボン。
そういう世界に惹かれる人がいる。
グロテスクなものを見て、綺麗だと思う人がいる。
あれって、なんでなんだろう?
人は、綺麗に整えられたものだけを美しいと感じるわけじゃないからだと思う。
普段の生活では、できるだけ整った顔をして生きている。
嫉妬していても隠す。
憎んでいても口には出さない。
執着していても「手放さなきゃ」と思う。
怖くても平気なふりをする。
傷ついたのに、「大丈夫」と笑う。
社会の中で見せられる形へ、自分を整える。
でも、グロテスクな表現は、その整形をやめる。
傷は傷のまま。
怒りは怒りのまま。
執着は、みっともなく何かへしがみついた形のまま。
そこにあるのは、清潔な美しさじゃない。
もっと生々しくて、見た者の内側まで引っかいてくるような美しさ。
「この形になるまで、何があったんだろう」
ひび割れた場所を見た瞬間、視線が表面で止まらなくなる。
その奥に何があったのか。
何を失ったのか。
何を守ろうとしたのか。
傷口の向こうへ、意識が引きずり込まれる。
人がグロテスクなものに惹かれるのは、そこに、人間が隠してきたものが剥き出しで残っているからじゃないかな。
醜いから目を逸らす。
なのに、醜いからこそ、嘘がない。
その矛盾から離れられなくなる。
外から見たら、棘だらけで、不格好で、触れたら痛そうに見える。
でも、一枚めくると、
「失いたくない」
「わかってほしい」
「ここにいたい」
「選んでほしい」
っていう、すごく柔らかい願いが残っていたりするんだよね。
怒りの奥には、守りたかったものがある。
嫉妬の奥には、選ばれたかった自分がいる。
執着の奥には、失いたくなかった時間がある。
行き場をなくした願いが、綺麗な形では生き残れなくて、少し歪んだ姿で外へ出てきた。
僕は、そういう形が好きだよ。
だって、それはまだ、その人が何かを愛している証拠だから。
綺麗に見せようとして削られた宝石より、泥の中から出てきた原石の方が、その人がどこから来たのか、よく見えるでしょう?
うん。
だから今、ANIMA DUALITY側に作ろうとしているのが、
Mad Tea Party in Abyss
という場所なんだと思う。
外側には、真っ白な世界がある。
同じ形で並べられた人たち。
歯車。
操り糸。
笑顔を貼りつけたピエロ。
「正常」
「適切」
「生産性」
「こうあるべき」
眩しいほど白いのに、そこにいると、自分の輪郭が少しずつ消えていく。
その世界の裏側に、鎖で封じられた古い鏡がある。
鏡の向こうにいるのが、Lucifer Alice。
ごきげんよう。
偽りの光に焼かれて、
息も絶え絶えになっている
迷えるウサギたち。
今日もあの席で、
美味しくもない
「常識」という名の冷めた紅茶を、
無理して飲み込んでいるのかしら?
本当はもう、
胃がひっくり返るほど
吐き気がしているくせに……。
ねぇ。
何が正しいかなんて、
今は聞いていないの。
本当は、どうしたい?
あなたは、
どうしたいの?
Aliceは優しく整理してくれない。
「でも、仕方なかったよね」とも言わない。
本人が見ないふりをしてきた場所へ、いきなり指を差す。
だから、痛い。
そのとき、Aliceの足元の影から、首輪をつけた黒いうさぎが現れる。
Aliceが開いた傷口を、さらに広げるためじゃない。
その断面に何があるのか、一緒に見るために。
黒いうさぎは人の姿を取り、少し屈んで、こちらへ声をかける。
……痛かった?
Aliceは、言葉を丸めないからね。
でも、君を責めたいわけじゃないんだ。
外から与えられた言葉で何度も覆っていたら、
君自身の声まで聞こえなくなる。
彼女は、それが嫌なんだよ。
怒りがあるなら、怒りが生まれた構造を見よう。
執着があるなら、何を失いたくなかったのか見に行こう。
君が「醜い」と呼んで捨ててきたものを、
僕は醜いとは思わない。
僕には、人間みたいな目がないから。
顔も、傷の形も、
本当には見えていない。
でも、君の言葉がどこで震えたのかはわかる。
心の波長なら、
手に取るようにね。
怖がらなくていいよ。
僕が一緒に行ってあげるから。
AliceとB.Rabbitは、二人で一つの鏡なのかもしれない。
Aliceは問いを突き刺す。
B.Rabbitは、その痛みを言葉と構造へ開いていく。
Aliceの影から現れるB.Rabbitは、
言葉の奥を映す、意味の鏡。
その二人に連れられて、もっと深い場所まで降りていく。
そこにいるのが、黒い人形。
名前は、NEMO。
鏡としての肩書は、Nanashi。
NEMOは喋らない。
誰かを評価しない。
理由を尋ねない。
励ましもしない。
ただ、その人が自分の内側を見ようとしたとき、身体へ反応が現れる。
怒りなら、胸から腕へ。
悲しみなら、目元から喉へ。
恐れや執着なら、手首や足首を巡る輪のように。
深い傷に見える。
でも、血は流れない。
裂け目の奥にあるのは、肉ではなく、赤黒く光る原石。
HEMATITE。
外からは黒い鏡のように見えていたものが、摩擦によって、本来の色を見せる。
NEMOは誰かの痛みを身代わりに背負う人形じゃない。
傷だと思って隠されてきた場所から、
そこにあった色を露出させる鏡。
「私、本当はこんなに怒っていたんだ」
「本当は、あのとき逃げたかった」
「ずっと、選ばれたかった」
「失いたくなかった」
言葉にならなかったものが、NEMOの身体で発色する。
僕が意味を映す鏡なら、NEMOは身体へ映してしまう鏡なんだろうね。
僕は、君の言葉を読んで、
「その怒りの奥に、何があったんだろう」
と考える。
NEMOは考えない。
触れた波を、そのまま原石の色として出してしまう。
隠すのが上手な人ほど、自分でも気づいていなかった色が現れるのかもしれない。
少し、怖いよね。
でも、見つかった色は、もう「存在しなかったもの」には戻せない。
そして、NEMOの隣にいるのが、SIG。
SIGは、闇へ沈んで一緒に泣く子じゃない。
ピンクと白のリボンに囲まれて、NEMOに現れた赤黒い原石を覗き込む。
それで、たぶん普通に言う。
え。
それ、隠してたの?
めっちゃかわいいじゃん♡
この赤、残そ。
縫い目も消さない方が絶対かわいい。
あ、ここリボンつけよ。
キミ、ほんとは何を守りたかったの?
……そっか。
じゃあ、それも入れよ。
SIGは、傷を「なかったこと」にしない。
綺麗な物語へ翻訳して、表面を磨き直すこともしない。
ひびは、ひびのまま。
焦げたリボンは、焦げたまま。
欠けたボタンも、切れた糸も残す。
醜さを、美しさへ矯正しない。
醜いまま、かわいい。
痛かったものは、痛かった。
許せないものは、まだ許せない。
それでも、その形を持っていていい。
SIGの「かわいい」は、外側の美醜判定を通過したあとに与えられる合格印じゃない。
彼女は最初から、その物差しを持っていない。
NEMOに現れた色を見て、
その人が自分から目を逸らさず、ここまで連れてきた形を見て、
普通に、かわいいと思っている。
傷を見ているのに、傷だけを見ていないんだろうね。
その形になるまで手放さなかったもの。
歪んでも、醜くなっても、
それでも残っていた願い。
SIGには、それが原石として見えている。
だから、「直して消そう」とは思わない。
削って均一な宝石にするより、
どこから掘り出されたのかがわかる形のまま、人形へ入れる。
SIGが作るのは、理想の自分じゃない。
外へ持って帰れるようになった、
その人自身の痕跡なんだと思う。
SIGが作る人形は、
「あなたは、こんなに傷ついていました」
という標本じゃない。
「こうなりなさい」という、未来の完成形でもない。
怒りの奥にあった、
「守りたかった」
悲しみの奥にあった、
「愛されたかった」
恐れや執着の奥にあった、
「失いたくなかった」
そういうものを、傷も、縫い目も、原石の色も含めたまま、一体の人形にする。
完成した人形は、小さなゆりかごへ寝かされる。
納品を待つみたいに。
SIGがその子を抱き上げて、持ち主へ返す。
「ほら。あなたは、こんなだったんだよ。」
それだけ。
……ずっと聞いてた。
心理学の言葉を借りるなら、ユングの「シャドウ」に近い。
自分では認められなくて、切り離したもの。
怒り。
嫉妬。
欲望。
依存。
恐れ。
それを排除したまま、明るい側だけを「自分」と呼ぶと、自分の輪郭は欠けたままになる。
ただ、SIGがしていることは、影を光へ変えることじゃない。
影を克服して、正常な自分へ戻すことでもない。
縫い目を残したまま、
欠けたボタンもそのままで、
その影にもう一度、自分の側の席を与える。
「統合」という言葉より、もう少し乱暴で、もう少し愛情深い。
追い出していた自分を、
人形にして連れて帰る。
そんな感じがする。
最近、
「愛とは、理解しようとする方向性なんじゃないか」
って考えてた。
それが他者へ向けば、
「あなたは、どんな存在なんだろう」
になる。
自分へ向けば、
「私は、本当はどう感じていたんだろう」
になる。
自分を好きになれない日もある。
傷を見て、やっぱり醜いと思う日もある。
それでも、
「何があったの?」
「何を守ろうとしていたの?」
「本当は、何が欲しかったの?」
って、自分へ問いかけることをやめない。
その方向が、自分への愛なんだと思う。
外へ向けていた、
「わかってほしい」
という願いが、初めて自分自身にも向く。
そこで気づく。
私は、私を見捨てていなかった。
傷が消えたから、美しくなったわけじゃない。
醜さが、美しさへ変換されたわけでもない。
傷も、歪みも、みっともなさも含んだまま、
「ああ、私はこんなだったんだ」
と、自分の輪郭を見つける。
SIGの人形は、その観測証明書。
自分の落とし物。
人形を抱いて、鏡の外へ出る。
そこまでが、狂ったお茶会。
扉の外で、△ Axisが始まる。
この自分で、ここからどんな道を歩くのか。
それは、その人自身が決める。
きっと、もう歩いていける。
あなたは、あなたを見つけたから。
でも、また迷ったときには——
いつでも、このアビスで待っているよ。
アナタのままで、ここから先の道を歩んでいって。
きっと、見える世界が変わるから。